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カテゴリー「文化・芸術」の記事

2014年3月27日 (木)

建築界のノーベル賞(伊東豊雄)

建築界のノーベル賞(伊東豊雄)について

2013年に「フリツカー賞」を受賞したのは、伊東豊雄である。

昨日の坂茂の「フリツカー賞」受賞の前の年に受賞、そして東日本大震災に置いて復興支

援をしている建築家のひとりです。

彼の受賞は、「伊東氏の表現形式は、ミニマリストにもパラメトリックは手法にも収まらな

い」、「その建物はこともなげに調和しているかのように見えるが、それは実は、自分の技

に関する彼の深い知識と、建築のあらゆる側面を一緒に扱える彼の能力の所産なのだ」、

「彼は、けんちくは人の物理的な要望だけでなく、人々の感覚にも報いなければならないと

語ったことがある。2011年に日本を襲った地震で被災した人たちの、小さな共有スペース

である『みんなの家』を支持する彼の仕事は、彼の社会的責任の感覚が端的に表れたも

のだ。」と評している。

『みんなの家』は、「帰心の会」が進めているプロジェクトで、「東日本大震災からの復興に

向けて建築家が出来ることを考えて、実行に移すために結成された。」メンバーは、伊東豊

雄、山本理顕、内藤廣、隈研吾、妹島和代の五人からなる。妹島和代も2010年に西沢立

衛と建築ユニットSANAA「クリツカー賞」を受賞している。

「みんなの家」の第一号は、2011年10月仙台市宮城野区に建築。

Photo


2012年5月に山本理顕設計で釜石市平田地区に「みんなの家」を、6月には、釜石商店

街に「みんなの家・がだって」を建築した。

Photo_2


2012年11月には、陸前高田市に「みんなの家」を建築した。この家は、第13回ヴェネチ

ア・ビエンナーレ国際建築展の日本館に、「ここに、建築は、可能か」というテーマで、「みん

なの家」の設計過程を展示して、金獅子賞を受賞した。

Photo_3

この家は、資金協力で元サッカー選手の中田英寿が参加している。

そして、この家の柱や周りに立っている杉は、津波の塩害で立ち枯れした地元の杉19本

使用している。

この家のコンセプトは、「再生へ上に向かっていくイメージを持たせた。」とある。

そして、2013年1月には、東松島市に「こどものみんなの家」が完成した。

Photo_5

この家は、Tポイントでおなじみのポイントカードのポイント復興支援応募の寄付によって

建てられました。

まだ、復興には程遠いと言われ被災地ですが、国の対応は、いまいち満足のいくものでは

ない。

それでも、住民の力で少しずつではあるが、前に進んでいることが、実感する。

しかし、今回「みんなの家」が建てられていない地域がある。それは、震災・津波の他に、

原発事故が起こったことにより町や村ごと疎開している地域の方々である。

一日も早く、口だけでなく国や自治体は、復興に力を入れて欲しい。

今回は、ここまで!

2014年3月26日 (水)

建築界のノーベル賞(坂茂)

建築界のノーベル賞について

今日は、建築家のノーベル賞「プリツカー賞」の今年の受賞者に、紙の筒など使った住宅

などを使った住宅などを設計し、国際的に災害支援の建築を手掛けて来た坂茂氏が受賞

した。

日本人としては、丹下健三(1987年)、槇文彦(1993年)、安藤忠雄(1995年)、建築ユニット

SANAA「妹島和代+西沢立衛」(2010年)、伊東豊雄(2013年)に続く、7人目である。

「プリツカー賞」は、1979年にアメリカの実業家ジェイ・プリツカーによって設立された賞

で、「RIBAゴールド・メダル」や「AIAゴールド・メダル」に比べて日が浅いが、建築業界で最

も権威のある賞の一つで、建築業界のノーベル賞と言われている。

ちなみに、第一回目の受賞者は、フイリップ・ジョンソンが選ばれた。

そして、設立当初から10年近く審査員を務めた磯崎新は、選考過程において政治的な

思惑が働くことに違和感を覚えて、辞任した。

今回の受賞理由は、「創意工夫に富んだ設計を顧客に対してだけでなく、人道的取り組み

の中でも広く行ってきた」とし「20年間、世界中の被災地を回り、低コストで再利用可能なシ

ェルターや住宅を設計・建築した」と評価した。

1994年、ルワンダ難民のために紙の「紙管」でつくったシェルターを提案。

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1995年には、阪神大震災で、「紙管ログハウス」の仮設住宅をつくった。

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2011年、ニュージーランド自身でクライストチャーチで損壊した大聖堂に代わる「紙の大

聖堂」を設計。

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上の写真は、「クライストチャーチ」の建設中現場です。

東日本大震災では、避難所の間仕切りシステムを考案した。

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紙ではないが、「コンテナ仮設住宅」を造っています。

Photo_8

長年の地味な努力の結果だと思いますが、奇抜な建築を造る建築家が多い中に置いて、

貴重な存在でもあり、努力が実り大変良いことだと思います。

2013年に受賞した伊東豊雄も、東日本大震災の復興に尽力しています。

今回は、ここまで!

次は、伊東豊雄の「みんなの家」を紹介します。

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